Heart on Body 身体を張って・・・

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(マロニエ)

M女さんのブログを時々巡回する。
ブックマークをするわけでもなく、リンクをたどったり、
気分屋なので、見ない時はひどく間隔があいたり、そうかと思えば、連日訪ねたり、あまり質のいい読者とは言えない。(汗)

いわゆる、「ご主人様」の動向に一喜一憂している様子に、愛すべき可愛らしさを感じるのだけれども、なにか、もどかしさを感じる時が度々ある。

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「調教」という言葉はあまり好きになれず、極力使わないようにしている。
その訳は、人格ある「人」に「調教」など早々できっこないと思うからだ。
もちろん、調教という言葉を、辞書にあるように捉えるのではなく、この世界の「お約束事」として、S側がM側に何かを為す、という程度のものなのだろうけれど、やっぱり引っかかってしまう。

Mという人の心と体に、自分の思うとおりの方向性をつけるというのは、実に、手間も暇も、熱意も、そして、お互いの資質も必要なものなのではないかと思う。だから、単なる責め行為(例えば鞭だとか)をさして、「調教した」と表現するのは、なんだか座りが悪い。どうも尻がむずむずする。(笑)


と、これは、全てS側の論理であるけれど、
調教するのは常にS側であるかというと・・・・・・・

「調教」という言葉が、まさに、人格ある人の心と体を矯めていく事であるなら、
M側こそ、自分の身体を張って、Sを「調教」しているのではないかと思う。
もちろん自覚的な行為ではないのだろうから、調教という言葉とはちょっと外れるけれど、確実に、S側の心と身体に、記憶を刻んでいる。その記憶が魅力的であればあるほど、Sの心と身体がそれに引っ張られる。
それに、Sと違って、身体の全体(穴という穴)を使って、場合によったら内臓も動員して、なおかつ、その瞬間には、心さえも手放して、
つまり全身全霊を込めて、こちらに迫ってくるものだから、その一回一回の影響力は、Sの比じゃない。
Sは丸ごと全身全霊なんて事は出来ないし、醒めた、観察部分も同時も持っていないと、安全上立ち行かなくなる。
だから、条件さえ揃えば、Mの側のが、相手を調教する強力な武器を持っている事になる。(笑)

そして、こちらは、やられちまったぜ!と思わず呟く事になる。自分の身体に、その瞬間の相手の感触が刻まれたと、思わざるを得ない。そうして私が変形してゆく。「調教」されたのだ。(笑)


もちろん、毎回毎回そういう事が起きる訳でもないし、誰にでもそうだとは言えない。あるいは、そういう事が起こるのは稀な幸運かもしれない。

だけど、力説したい。
「M女さん、あなたがたは、そういう力を秘めている人たちです。」と。
自分を殺す事で、人に与える事が出来るのではなく、
自分を生かす事で、もっともっと人に与える事が出来る人ではないかと思う。

もちろん、これは、Mの側の自分の性的嗜好が受身である事、従である事に安住出来るという事を否定するものではない。
そうである事を前提として、その上で、
もっと堂々と、私(個性)を出したらどうですか?自信をお持ちになったらどうですか? 

と、気まぐれなブログ徘徊で思うこの頃。



・・・・・・・・

「酷い事を私にして、私も貴方も変形しませんか?」などと云う誘い文句がM女さんブログにあったなら、すぐに駆けつけるな。・・・私。(爆)

コメント

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そーれーでー?

「駆けつけ」て、どうなさるんですか?

駆けつけて、調教して頂くんですよね?

 マロニエさんのおっしゃること、尽く同意いたします。SMの定義はSadismのSとMasochismのMなのでしょうが、これまでの自分の経験から言わせて頂けば、ServiceのSとMasturbationのMではないのかとさえ思えます。Sが責める側でMが受ける側と思われている方が多いと思いますが、AV等の見せるSMではなく、実践するSMにおいて実は或意味では、責める側がSlaveで受ける側がMasterだったりもしますよね。SもMも、単なる役割分担であって、その目指すところは、大きな相違はないように思います。相手に満足してもらうため、身を挺して「奉仕」するのは、物理的な違いはあっても、その根本ではS側もM側も一緒だと思います。相手がいなければ成立しないのがSMです。そういった観点からも、Sの側の人間はMの側の人間に「調教」されているとも言えると、激しく同意いたします。
 駆けつけるときには、僕にもご一報下さい。一緒に調教して頂きましょう、マロニエさん!

そーれーでー?

一緒に駆けつけて、何をなさるんですか?

…あ、変形か。(^_^;)

調教されるS

こんにちは、マロニエさん。
先日はコメントいただきありがとうございました。
“調教”という言葉がお好きではないと書かれているのを見て“オヤまあ”と思ってしまいました^^。
かねてから私も同じように“調教”という言葉はどうも好きになれず使う気になれないからです。
もちろん“調教”という言葉があてはまるシーンはありますがそれだけでは物足らない、言い足らないように思えるのです。 調教というよりは“伝える”“理解してもらう”に近いように思え、また、その返ってくる反応で“伝えられ”“理解する”に至り、そのやり取りが続くものだと思えるのです。

変形し調教されるS…。 確かにそういうのもあるように思えます^^。 時々でも、ぜひまた立ち寄らせていただければと思います^^。

コメントレス

>Claudeさん

はいはい。そういうサイト発見の暁には、すぐさま連絡いたします。(爆)全身全霊、調教していただきましょう。(笑)


>葉月さん

そうです、そうです。変形してくるのです。(おい)
Claudeさんとで右と左に変形させると、結構いけると思うのですがねえ・・・(共犯者作り^^;)
あっ、赤信号、仲間と渡れば怖くないってヤツです。(爆)


>nodandyさん

ようこそ。ここではお初ですね。貴重なS男さん。プラタナスが喜ぶと思いますよ。(笑)
SMといっても、合意の上のことですから、共通の理解という部分は絶対必要だと思うのです。
行為だけではなく、している事の意味も含めて。
だから一方的にはなりませんよね。
これからもよろしくお願いします。


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