(マロニエ)
妄想、憧れの類の話である。刺激的なエントリータイトルに騙されちゃいけません。(陳謝)
また、これは自分の頭の中を覗いた、私の話であって、
私とプラタナス以外の第3者のお話ではないという事も、心に留めて置いてください。
プラタナスとのピロートークで、話題に上る。
プラタナスは言う。
貴方と出会って、リアルにSMを経験するまで、
鞭で叩かれるのはともかく、ゴム板や、ましてやペンチなどで痛い事をされてイクなんてことは想像だにしていなかった。
それよりも、
厠畜の妄想もあったけれど、それ以外では、
何処の誰やらともわからない男達に、いいように性処理の相手にされる穴女。いわゆる公衆便所女に堕ちる妄想はあった。やっぱりM女といわれるような人たちは、割とそういう妄想持つ人が多いものじゃないかな?
あ、でも誤解しないで。そういう妄想と同時に、絶対出来ないと云う私も居るから。と。
結構、初耳だった。(笑)
いや、プラタナスの中にどんな鉱脈が眠っているか、探ってはいた。
けれど、それは、現実に実行する、できる、を主体にして探っていたから、そこのところは探らなかったのだ。
つまり、私の嗜好として、公衆便所女に仕立てるという事がなかったから。
・・・・・・でもね、と、常々プラタナスが問うていたのを思い出す。
これは、する、しないの問題ではなく、そういう事に心の琴線が触れるかどうかということなのよ。
・・・・ふむ。
現実にするしない、出来る出来ないの事とは切り離して、想像する。
頭の中では、プラタナスというキャラも外して、自分の中を探る。
あった、あった。
もちろん、オスであるから、公衆便所女を「使う」事に関しては、
妄想レベルはもちろんの事、実行レベルでも、条件さえ整えば、使う事はわりと近くにある。(おい!)
では、公衆便所女を「所有」し、「使わせる」立場は?
・・・・・・それは、ある部分の私を酷く刺激する。
M女を、人と扱わず、自分のものとして、モノのように他人に貸し出す。
貸し出す相手に対する優位性と、M女に対する支配。
他人にいいように扱われ、堕ちていく女。
その様子を当事者としてではなく、観察者としてじっくり見る。
悪魔的加虐である。
そこでまた、想像する。
貸し出した女が、たった一つの駒ならどうだろう。
少し自虐的な自分を発見。自分の持ち物を壊す快感もそこに加わる。
いや、その状況を私がさらに楽しむとしたら、持ち駒がいっぱいあって、
一つや二つなら壊して楽しみたいという悪魔が居るな。
壊れたおもちゃを、更に弄ぶ快感というのだってある。
私は常々、フィストでガバガバになっても一向に構わない。と、公言しているけれども、
それも考えてみれば、自分のおもちゃを自分で壊して、弄ぶ、といえるかもしれない。
だから、結局のところ、
私にだって公衆便所女を持ちたいという妄想はあったということだ。
誤解のないように言っておくが、私はいまだそういう行為をした事がないし、これは妄想レベルの話であって、まず自分の欲望に対する考察。
だから、万が一、仮にこういう事を実行に移すとなれば、相手のM女=プラタナスの感情を抜きにしては語れないし、多分、その感情に左右され、私の心情は妄想レベルのものとは、明らかに変化する。
だから、そういうことを実行している人々と、同じ目線で比べないで欲しい。
そもそも、立ち位置が違うのだから。
私には、単なる妄想の、実に薄っぺらい、ストレートな、剥き出しの思いしか表現できないのだと思う。
が、その薄っぺらい思いを、まずは見てみたということである。
さて、以上は、プラタナスという人格もはずした、全くの自分の中にある欲望、妄想のコアのような話だけれども、ここに、プラタナスという人格を視野に入れるとどうなるか。
プラタナスを堕とし、壊すのに、人の手を借りるなんてもったいない。(爆)
全て、自ら、100%この手で行いたい、という感情が湧き出てきてしまう。
つまり、そうだとすると、公衆便所女には出来ないということだよなあ。
せっかく本人も、妄想として持っているのに。
(プラタナスを、公衆便所女に堕とす宣言を期待していた人には、ごめんなさい。笑)
ただ、プラタナスには例の厠畜願望がある。
性処理、精液排出が公衆便所女だとすると、厠畜の類は、公衆便器女というべきか。
あれも、妄想レベルの話であり、現実には、公衆という二文字は消えてしまう。
でも、公衆の文字が消えても、便器女という文字が消えないところが、変態カップルたるゆえんだろうか。(笑)
便器女の具体的なことは、
時系列の記録や
スカトロカテゴリーに譲るとして、
これを現実に行うという事については、もう、その歩みを始めている。
だから、自分独りの妄想レベル、言い換えれば、自分に一番都合のいい設定などというのはありえず、常に、相手(プラタナス)在っての事になり、個々の事案について、紆余曲折しながら、その道を探るということになる。
常々、私のやり方として、強圧的に歩ませる事はしない。鉱脈としてプラタナスにはあるわけだから、プラタナス自ら、その方向に歩くように仕向ける。
時々、プラタナスは、その方法は、「汚ねぇ、性格悪い。」となじるけれど(笑)
表の性格や生活、つまり、今のプラタナス全体を潰すわけにはいかないので、私はこの方法がいいと思っている。
ここでは、平気で「便器女」と言っているが、他の人からみれば、それはそれは異常な事だと思う。そのとても異常な事を、強圧的にしたら、人格が潰れてしまうかもしれない。
いや、プラタナスは、そんな柔な人格ではなく、しっかりと自分の足で立っていけると思うけれど、それでもなお、その反動は大きいだろう。
話は便器女からそれてしまうけれど、私は、マゾという性癖は強い性格が向いていると思っている。
強度の被虐的性癖と日常を両立させるには、とても強い自己が必要なのではないか。と、思う。
拘束されたい、飼われたいとか、支配されたいという、マゾ側の想いとは別に、
それを実際行った時に、そういう酷い行いに、人格が潰れて壊れてしまうようでは、継続的に関係は続かない。
とても相反する事だけれども、
濃い、普通の人が考えられないような行為をするマゾが、けっこう凛としている方が見受けられるのは、そういう事だと思う。それは、本人とお相手の努力も、もちろんだが。
さて、公衆便所女のエントリーは、今後は無いと思うけれど、便器女は、これからもエントリーがあるはず。
実は、公衆便所女、便器女と、刺激的な言葉を使ったのは、
「最近、うちのブログ、エロじゃない。」との指摘を受けて、
「これはまずい、変態エロブログの原点に戻ろう」と、反省したからなのです。(笑)
エンジン全開まで、もうしばらくお待ちを。

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エロくないエントリーがあるからこそ人間味があり、エロいトークにリアリティがある気がするのですが?
読者を気にしないと言いながら気にしている辺りも好きですよ(笑)
私は「貶められる」ところにツボがあるので、普段はお姫様扱いしてね、と暴言してます。
妄想ってなんでしょうね…?
「願望」とはまた違う気がします。