Heart on Body 劣情と執着と見えない刺青

最近の記事


最近のコメント


カテゴリー


月別アーカイブ

01  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11 

FC2カウンター



最近のトラックバック


(マロニエ)

こうして、自分の変態性癖について書いているが、
それは自分自身の中に、その性癖を納まりよく位置づける為。
言い換えれば、自己弁護。

けして誉められた性癖ではない。社会的にはマイナス評価である。
オンナを加虐する事で、性的興奮をする。
その一点に、
つまり、「オンナを加虐する」というピンポイントだけで語るなら、

そのオンナが不幸になろうが、不具になろうが、知ったことではない。
ばかりか、そういう状態にこそ劣情を憶える事もある。
サディストという人種の根っこは、そういうことだ。

マゾヒストはその逆か。
人として扱われない事に、その状態に劣情を憶える。

しかし、どちらも人として存在はする。


あながちそれは、私達だけではあるまい。
世の中、人の不幸に関心が集まるのは、
誰も口に出さねども、
それと同じ類の心理が働いていると想像するに難くない。

誰だって社会的に負の感情や、それに対する衝動はある。
それを無くす事は出来ないが、
抑制する事やコントロールする事は、必要だと感じている。
それは誰の為でもなく、自身の幸福の為。

プラタナスと出会って、自身の性癖を満たした。同時に、性癖を更に掘り下げられたりもした。
プラタナスも同じだと思う。

自身の性癖を満たした事については、
非難されこそすれ、誉めるべきことでは決して無い。黙殺されるくらいが、最上級の暖かい対応だろう。

が、私達にとって、その性癖が、自身の存在意義に関わるものであるから、もがくわけである。
私には、(たぶんプラタナスも)、性癖を否定されるという事は、性を否定される事と同じだからだ。

しょせん、マジョリティーと相容れることの無い性癖。
世界の中心で(笑)大きな声で話すことではない。
ひっそりと一隅で静かに語る話だ。

なので、どうしても相容れない方は、無視して黙殺していただけると大変ありがたい。

ひっそりと静かに語る話だが、(同じ嗜好・性癖の)当事者にとっては、欠く事の出来ない事。

私とプラタナスにとって、欲望を満たす事は、自分の満足、自己充足、自己確認の作業。
そしてそれが、自分達の明日への活力と、はっきり意識し、相互認識できるようになったのは、いつ頃からだったか。

少なくとも、私は、
プラタナスとの関係をそういう風に認識し始めた時から、より、プラタナスに執着するようになったのは間違いない。
執着すれば、欲望も進む。


サディストの欲望とは、もちろん汚辱、加虐、破壊、支配、である。
そのためには、ありとあらゆる物理的手段と精神的操作をする。

だから、SM(主従やDSも含む。私のところは加虐・被虐嗜好だ。)界では、
ピアスや刺青、肉体拡張など、肉体として目に見える結果を求める事が、多く見受けらる。
また、共依存、欝など、更に特殊な精神的関係に見える事もよくある。
(いびつな人格の私が、言ってしまうおこがましさ。その点、ご容赦願いたし。自覚的にしている方には、特に。)

あるいは、
人に非ずの扱いをする。精神をズタボロにする。肉体を復元不能に変形する、手を加える。心身共に強烈な刺激を加える。
下世話な言い方だが、オンナの身体は履歴とよく聞く。通過した男の影が、オンナの身体に埋め込まれている。良し悪しを云っているのではなくて、SEXとは肉体の交わりだから、当然といえば当然だ。(だから男の身体にも、オンナの肉の記憶が残るのだが。)

だが、特にSMでは、マゾオンナの身体に、より強烈に記憶を埋め込むのは、サディストの常套手段だ。目に見える事はもちろん、反応や嗜好までも植えつけて、オンナの身体に憶えさせる。
肉体が直に憶えると忘れられない。それは一度泳げるようになれば、何十年と空いても泳げるのと同じだ。
オンナの身体に覚えさせる事。特にSMのような特殊な記憶を。自分仕様の記憶を。
それは目に見えない刺青を施しているようなもの。
それが出来たと認識する時は、とてもサディスティックな心が満たされる。

ずいぶん恐ろしい事だとも思う。
身体の交換が出来ないように、身体に刻まれた記憶も消せないのだ。

刻む側の私がどうこうの言える立場ではないが、刻まれる側はそれを認識する必要があると感じる。
そっと、そ知らぬ顔をしながら毒を食わせる快感というのも、サディストにはあるものだ。




さて、一方、マゾオンナ。プラタナス。

堕ちる事で心が満たされる。
プラタナスの場合は、汚される、貶められる、辱められる、人に非ずの扱いをされる。いや、人とは思えない姿に変形する(四肢切断etc)など・・・そういう欲望に惹かれていたわけだ。
加えて、私と付き合って、苦痛に(でしか)快楽を感じるように変形させられた。いうなれば、見えない刺青をその身体に描かれた。
目の前の、私が仕掛けた快感という毒を喰ううちに、後戻りできない身体になった。
最近は、本人も自覚するようになった。
それでも、毒を喰らう事を止められない身体に堕ちた。

一言で、堕ちる事が満足、と言うが、
考えてみれば、ずいぶん難しい性癖だ。(だからこそ、価値があり、大切にすべきと私は思うが。)

堕ちる事は、一般的には不幸である。マイナスである。そこに安住の地を見つけ、満足するとは一体どういうことか?
満足するとは、幸せな状態であってしかるべきだ。
矛盾だらけである。いっくら言葉ですくい取ろうとしても、ボロボロこぼれ落ちてしまうような、複雑怪奇な嗜好。

全てをすくい取れないからと、安易に、
堕ちて不幸な状態が満足なのだから、不幸で居ろ!
と、切り捨ててしまっていいものか。



それぞれの立場に立って、もう一度、一番最初の所に帰れば、

堕ちる事で満足する事は、自己充足、自己確認の作業。
そしてそれが、プラタナスの明日への活力になる事。

私がマゾオンナ(プラタナス)を堕とす事で、満足するのも同じ作業。
そして、私の明日への活力。

それゆえ、その関係への、私の執着。

だとすると、大変矛盾した言い方だが、
執着している関係を、より長く続けるには、
満足するほどに堕とす事と同時に、プラタナスの自己充足を満たさなければ、
プラタナスは、私の元からさっさと消えてしまう。

という事になる。
(事実、時々、消えて無くなるわよと脅かしたりもする。笑)

つまり、
堕とす事(それも徹底的に)、
自己充足してもらうこと。

この二つが、両方とも不可欠という事になる。


これの具体的方法は、実はよくわからない。
そもそも、堕とす事のモチベーションは、人の不幸を願う劣情であるし、
自己充足を与えるのは、それとは正反対の精神状態だ。

一般的方法がわかったら、多頭だろうがすぐに何でも出来そうだし。(馬鹿)


プラタナスと10数年も続いたのは、
相性と幸運と根気と遅い歩みの、偶然の組み合わせのような気もする。


一つだけ、幸運だった事は、

プラタナスの、四肢切断、厠蓄などのグロテスクな根っこ。
それゆえの、現実に努力してきた平常に対するバランスの取れた抑圧。(だからこそ、良い子症候群?として本人が苦しむのだが。)
そして、抑圧を外した時(=堕ちた時)の、ケダモノのような淫乱かつ明るくあけすけな解放ぶり。

どれをとっても、私の感性から外れていなかった。という事かもしれない。



スイッチオフを余儀なくされた懸案事項が、幸いにして早期に解決した今、

あらためて、プラタナスを徹底的に堕とし、その身体に、更なる見えない刺青を入れ、
明日への活力にしようと思う。

そして、プラタナスもそうであるように願う。

コメント

深い感慨を持って拝読

マロニエさん、
こんばんは。
深い感慨を持って拝読。
ここまでお書きになるの さぞ 大変だったことでしょう。
初めに拝読してからずいぶん経ってしまってのコメント ご容赦くだされ。

うまく纏まらないのにコメントしていいものやら ...
と思いつつ...
(御無礼があったなら消去してくだされ m(_ _)m )

個々人の物事の捉え方は 極めてパーソナルなもので、
個々人のlife history 全てをbackbone とする
個別でかなりはっきりしているもの (根幹に関わっているだけに そうそうコロッとは変わったりしない)
で、
「性」という字は
「りっしんべん」つまり心
心+生
まさに、アイデンティティそのものでもあるわけで。
心クンは身体クンと連動して、いつも「まんまでいたいよー」って思ってる。

そこいくと
マジョリティーの物差しは、統計学上から類推しておさまっているもの
よって、大体こんなあたり というもの
おまけに けっこう胡散臭かったりもする (ある日 コロッと変わったりも!)

ってことで
おんなじ語だからっていっても、その内包する意味合いは異なるよな。。。
おんなじ語ってとこに そのトリッキーさがあったりして。。。
などと、つらつら思う Sarah です :-)

コメントがつきました^^

sarahaさん
半ばコメントを拒絶しているようなエントリーに、付けていただいて、ほんとうにありがとうございます。
いえ、書くのも少し書き難かったけれども、これは、コメントも付け難いだろうなあと思ってました。


そうですね。性は、自分のアイデンティティの大事な一部ですよね。
私達のような性癖は、社会的に見れば闇。かつ、私達も社会の中に生きているので、私達にとっても、この性癖は闇です。
それとどう向き合っていくのか、という事に尽きます。
卑下もせず、捨てもせず、諦めもせず、やけにもならず、
前向きで、この闇と付き合おう、って思ってます。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://honb.blog83.fc2.com/tb.php/288-1e07bcf3


Powered by FC2 Blog