(プラタナス)
ここでは何度か書いているけれど、私には人には言えないグロテスクな欲望が、幼い頃からあった。
初めの記憶は幼稚園の時だから、物心つくころにはそれは私の中にあったと言うことになる。
幼い頃のことで具体的な願望という形にはなっていなかったけれど、性的な感情は、はっきり持っていた。
生まれつきあるものだから、それは私にとっては当たり前のものだけれど、でも同時に人には言えない隠しておかなくてはならないという意識もまた、幼い頃からずっとあった。
先のマロニエさんのエントリーの「小さな箱」
それに入れて鍵をかけて、心の奥深くにしまってきた。誰にもその存在を知られないように。
そして、その箱を抱えるがゆえに、ことさら表面では破綻を隠して、マジメないい子として過ごしてきた。
マロニエさんと付き合って、その箱の存在を実感させられる経験を持つようになる。
特に最近の2+1の投げかけでは、それが多い。
だから自然と、その箱の中身について考える機会が増えた。
時には、話しているうちにマロニエさんに箱の扉をホンの少しこじ開けられることもある。
当然私は抵抗する。
だって、今まで誰にも言わずにひた隠しにしてきたことなのだから。
それをすべて白日の下に晒し、自分で認めたら、きっと今の生活はできなくなる。
でも・・矛盾しているけれど、
それを覗かれるその歓びと言ったら・・・
最近その気持ちよさに抵抗できなくなってきている。
蝶番のビスが緩み始めている。ああ。
ひとりでずっと耐えていた私の中の孤独な子供を、ほんの一部であっても認めて、それを愛撫してもらえる喜び。
「こんなの抱えて大変だったな」って言ってもらえる、泣きたいほどの安堵感。
コレを出してもいい日が来るなんて・・・
もちろん全部ではないけれど、ほんのちょっとだけでも誰かに(しかも心の通った好きな人に)見せて、それでもひかれないなんて。
そんなことは、もうずっと昔から諦めていたのだから。
先日会ったときに、箱の中身の話をしてそのあとに、マロニエさんは、首輪のリードを引いて私を床に引き倒し、靴で顔を踏みつけ、お腹を拳で殴り蹴りつけた。
私の中の孤独な子供を、愛撫するように。
涙が後から後から溢れてきて、私は踏まれ殴られながら、しゃくりあげて泣いた。
自分の中にある箱の存在の悲しさに。
それからそれを認めてもらった喜びに。
「真性M」、よく聞く言葉だ。
言葉の定義は、私には決められない。
でも、生まれながらにこんな箱を抱えていることをそう呼ぶのなら、私は真性Mなんだなと思うことがある。
とても寂しい気持ちで、そう思う。
もしそうなら、「真性」だなんて、ちっともいいことなんかない。
ないほうが、ずっとずっといい。
それは例えてみれば、産まれつき身体にある醜い痣のようなものだ。
普段は衣服で慎重に隠している。
その存在が辛いので、着替える時も極力目を逸らし、見ないようにしている醜い痣。
そんな痣があるのに、そんなのないよ、という顔をして生きていくのは、苦しい。
いつも心のどこかで嘘をついているようなものだから。
誰かを好きになって、その人と心をひとつにしたいのに、できない。
すべて隠さない、本当の自分を見せられない寂しさ。
だからこそ、その痣を暴かれ、じっくり観察されて、愛する人にそれでも受け入れてもらえる喜びは、
他に代えがたいものだ。
私の箱の中には、「自己破壊願望」も入っている。
だから、女を身体も精神も破壊してしまいたい、不幸に墜として惨めに泣かせることを嗜好するという、私に似た傾向のサディストに出会わないでよかった。
そんな人と関係を持ったら、私はきっと壊れてしまう。
社会生活を放棄して、周りをみんな不幸にして、自分も奈落に落ちてしまう。
マロニエさんは、女を墜すけれど、でも最後は幸せそうに笑っているのが好きだから。
最後まで、惨めに泣いて苦しむ様を喜ぶ嗜好の人でなくて、
彼の嗜好が私とホンの少し違って、本当によかったと思っている。
_________________________________________________
プラタナスの今年のエントリーは、これがラストです。
一年お付き合いくださって、ありがとうございました。
みなさまのおかげで、とても楽しい一年でした。
よいお年を♪
だから、何でラブホは土足厳禁なのよぅー!!
はっっ・・失礼しました・・今年最後のエントリーだったのに・・
ええと、今年はお二人と巡り合えて、ミニオフするチャンスも頂けて、本当に実りある年でした♪
お二人に「グー」の楽しみを取られちゃったので(爆)、来年は、私もしっかりグーされたいと思います♪あ、あと靴も♪
長文失礼しました。どうぞ良いお年を!!