(マロニエ)
そろそろもう一つの引き出しを出してしまおう。
スカトロだ。
この嗜好はちょっと間口が狭い。苦手な方は飛ばしてください。(笑)
いつ頃からスカトロに取りつかれたのだろうか。
思春期のSMの目覚めの時には、浣腸は意識していた。
だが、その当時のSM雑誌は、グラビアではせいぜい浣腸器を突き立てるまで。小説でも排泄の破局を迎えて終わりであった。
その先は?の欲望は在ったものの、具体的なイメージは結べず、漠然としたものだった。
次が、ビデオの時代。こっそり隠れてSMビデオなどをレンタルした時期。あれはSMジャンルでは先駆者的なメーカー、アートビデオだった記憶がある。
M役女優が逆さ富士に拘束され、浣腸、そのままの姿勢で噴出。
自身の身体に汚物が流れ落ちるシーンに衝撃を受けた。
このころから、排泄シーンが目に入る様になったと思う。
浣腸モノをよく見ていた記憶がある。
決定的に目覚めた(まだ実践はしていない)のは、雑誌「お尻倶楽部」だった。特に投稿画像で、読者が、排泄、果ては、塗り、口にしていたシーンに釘付けになった。人に非ずの様子、しかも、嫌悪の表情はなく、どちらかと言えば陶酔している。
たちまち愛読書になった。(笑)まだ、雑誌の通巻10号代の頃である。
プラタナスにその「お尻倶楽部」を見せた事がある。
厠畜の妄想を聞く前だ。
その号はたまたまとっても濃い内容のもので、女性が全身塗りたくりはもちろん、男のアナルから直接口に受けていたり、はては、うんこで塗れた肉棒をフェラチオしている様子の画像まで在った。
プラタナスは非常に判りやすい。おでこに電光掲示板を掲げている。(笑)
その雑誌を見せると、おでこの電光掲示板がチカチカ点滅した。
一発で、スカトロの鉱脈が埋まっているのが判った。

なるほど、浣腸は始まりに過ぎないのだな。いつか雑誌と同じようにしてやろう。と思った。
ただ、私のスカトロはSMから派生している。スカトロ=酷い事であるし、スカトロという高いハードルを越えさせる事による支配の確認、という要素も強い。
だから、M女さん無しの糞尿そのものには興味は無い。そして、私自身も高ぶらないと、スカトロのハードルは越えられない。
一方、糞尿そのものを愛好する人たち、純粋なスカトロ愛好家たちは、優しい方が多い。私はそういう人たちの間に入ると、何か申し訳ないような気がしてしまう。それは、どうも、越境してお邪魔しているという感覚が強いからだ。
排泄した後はさっさと流して・・・という感じなのでスカトロ道からすると邪道なのでしょう(笑)
出してからが「お楽しみの始まり」という正統派スカトロの方は純粋にすごいと思ってしまいます。