(プラタナス)
「サディストの姦計」完結編
時系列の記録20の出来事をふり返って
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夢がかなったと、はっきり感じるときがある。
「いま!いま夢がかなっているその瞬間だ!」とリアルに感じるときが。
初めて縛られた時以来、マロニエさんとの関係でも、何度か経験した感覚。
もちろんそう頻繁に味わえるものではない。
15年で、両手の指には届かないくらいの回数しかない。
この日は、そういう日だった。
やったことは、特別なことじゃない。
フィストも、便器掃除も、SEXも、とても感じたし白光したけれど、初めてすることではない。
初めてなのは、その後のことだった。
騎乗位でのSEXで、マロニエさんは射精した。
いわゆる「S子玉」が抜けた状態。
私に射精してくれることは毎回ではないし、それは私にとってもうれしいことだ。
もちろん私ももう腰が立たないほどクタクタだし、お互いに満足な終わりということ。
ふたりで床に倒れて、しばし休憩。満たされた時間だった。
なのに・・・
終わりじゃなかった。
小休止の後、椅子に座りなおしたマロニエさんは、再び私の身体を責め始めた。
ローターをふたつ、おまんこのなかに入れて、刺激する。
もうさんざん蹂躙されて傷ついて、ボロボロになっている穴を、さらに責められる。
快感とそれから痺れたような痛みで、取り乱す。
でも、それ以上に、驚きが・・・
え?なんで?
なんで、終わらないの??
今までは、当然出したら終わってたじゃん。
別人みたいに穏やかな表情になって、もう私がいくらふざけかかっても相手にしてくれずに眠そうにしてたじゃん?
「マロニエさまあ。S子玉抜けちゃったの〜?」とか言って甘えるのも、けっこう好きだったのに・・・
信じられない事態。
快感に乱れながらも、マロニエさんの目を必死に覗き込む。
彼の表情を伺う。
その彼の表情は、初めて見るものだった。
それは、決心したサディストの表情。
肉体的には確かに射精したのだから、もう身体の要求はないはず。
その目の中に、動物としての欲望はない。表情は青白く静かだ。
でも、深いところで何かが蠢いているみたい。
意思を持った人間の欲望。
何度も逝かされて、ぼろ雑巾のようになっている私を見下ろして、マロニエさんが言う。
「もう一度」
繰り返される。
おまんこは痺れて、快楽なのか苦痛なのかわからなくなっている。
いや、たぶん苦痛なんだろうと思う。
頭は朦朧として、身体はもう逝くことさえできなくなってきている私に、マロニエさんは言う。
「もう一度だ」
・・・・・・
彼は決心したんだ。
昨日と違う。
「心を決める」という行為を人は時々するけれど、その程度は人によって様々だ。
すぐにヘたれるのは論外だとしても、、それほど深く考えずにする決心もあるし、
場面場面で臨機応変に着地点を変えていくオトナの決心も、ありだと思う。
だけど、マロニエさんのそれは、とても深い。
簡単に決めないかわりに、一度決めたら、かなりな状況まで諦めない。
戦略は臨機応変に練るけれど、最終に目指すところは絶対にぶれない、というタイプだ。
意思が固いこと、この上ない。(「頑固」とか「しつこい」とも言う・笑)
その評価は、表の仕事でも受けているらしいから、これは彼の性格なんだ。
そのマロニエさんが決心した。
終わりなく、私を狂わせてやろうと。
肉体的な要求からではない、純粋に意思的な脳のSM。
自分の快楽は完全に度外視して、動物としての要求を超越して、意思的に、ある意味仕事を成し遂げるかのように。
このSMには、終わりがない。
ああ。終わりがないんだ・・・・
その時に、私は「夢がかなった」と感じたのだ。
ものごころついた時からの、もともとあった私の中の性的欲望は、たぶん終わりのない無限のものだったんだと思う。
もちろんSEXのことなど何も知らない頃だから、身体の欲望ではない。
具体的な形をもたない、心の、精神の、脳の性的欲望。
身体を介さぬゆえ、それは無限。
成長して、知識や経験を得るに従って、その絶対量は減った。
現実に考えると、無限はありえないから。
だけれども、その時点でも、私はまだ心の奥底で求めていたのかもしれない。
小さい頃に、もともとあった欲望を。
終わりなく、責められること。
私の意志に係わりなく、私の快不快など一切斟酌せずに、ただ機械的に責め続けられる。
泣いても叫んでも、狂って壊れてもかまわずに、無感情に快楽を加え続けられる。
まるで機械のスイッチを入れるみたいに、いかされ続けるという想像。
現実にはもちろん、無限を求めているわけではない。
身体が回復不能に壊れるのは困るし、そこまで行かなくても、体力気力で限界はくる。
(しかも私は体力がない^^;)
実際は、これまでしてきたことで十分過ぎるほど満足しているし、リスクを考えて配慮してもらわなければ怖くて任せられない。
だけれども、もしかしたら私ずっと、心のどこかで「もっと!もっと!」って叫んでいたのかもしれない。
射精したマロニエさんに「もう終わり〜?」と冗談に紛らわせながら、本当は叫んでいたのかも?
「もっとして!終わりにしないで!」って。
幼い頃からもともとあった、その私の無限の欲望。それを許してもらえたような気がした。
現実にするしないではなくて、あるだけ全部出しても、それを受け入れてもらえるのかもしれない、と。
身体の欲情は、限界がある。
有限ゆえに許容量に違いがあるのは当たり前だから、私のそれが彼を上回ることだって、あるかもしれない。
だから私は、全部見せるのが怖かった。自分の欲望が彼の器から溢れるのを見たくなかったから。
でも・・・意思は違う。
どれだけ出しても受け止めるそれを歓迎するという「意思」なら・・・
その思いは、とても私を満たした。
彼の決心が、わたしにとっていいことなのかどうかは、わからないけれど・・・